片岡健ブ口グ

正しく読むのが案外難しいタイトルのブログです。

〈発生27年の飯塚事件〉事件の知識が一切ない人でも判決を一読しただけで見抜ける「裁判官のクロの偏見」

 1992年に福岡県飯塚市で小さな女の子2人が殺害された「飯塚事件」と呼ばれる事件が起きて、きょう(2月20日)で27年になります。

 この事件については、犯人とされて2008年に死刑執行された久間三千年さんという男性が実は冤罪だったのではないかという疑惑があることで有名です。

 そして冤罪の根拠としては、犯罪捜査に導入されてまもない稚拙なDNA型鑑定が有罪の決め手にされていたことが広く知られるところです。

 しかし、実を言うと、久間さんに対する確定死刑判決(=1999年に福岡地裁で宣告された第一審判決)は、この事件に関する知識が一切ない人でも一読しただけで、裁判官がクロの偏見にとらわれたうえで、有罪ありきの事実認定をしていたことが容易に見抜ける内容でした。

 それはたとえば、以下のような部分です。

〈幼女の陰部にいたずらをして、殺害した死体を山中に投棄するという本件事案の陰湿さに照らしてみると、一般的な経験則からいって犯人は一人(それも男)である可能性が高い〉(久間さんに対する確定死刑判決より)

 ここで、おかしいのは、「一般的な経験則」という部分です。

 というのも、幼女が陰部にいたずらされたうえで殺害され、死体を山中に遺棄されるという陰湿な事件が発生し、その犯人が一人(それも男)であったという事例は、飯塚事件以前にも多数あったと思われますが、この飯塚事件の場合、2人の女の子が同時に被害に遭っているという「非常に特異な事件」です。

 非常に特異な事件なのですから、「一般的な経験則」から犯人は一人(それも男)などと言えるわけがないのです。経験則とは、「実際に経験する事柄から見いだされる法則」(デジタル大辞泉)ですからね。私は、飯塚事件と同様の2人の女の子が同時に被害者となった「わいせつ目的の殺人事件」を新聞データベースなどで探してみましたが、まったく見つけられませんでした。

 では、なぜ、裁判官はこんなおかしな事実認定をしたのか。それも少し考えると、すぐにわかります。

 この事件では、現場や被害者たちの遺体から採取された犯人の遺留物と久間さんのDNA型が一致したという鑑定結果がありましたが、犯人は複数だったということになれば、久間さん以外に殺害の実行犯が存在する可能性が残ります。

 したがって、久間さんをクロだと思い込んでいる裁判官は、この事件の犯人も一人(それも男)だということにしたかったのでしょう。
 
 また、判決には、次のような記述もあります。

〈付近住民の生活道路ともいえるような場所で、午前八時三〇分ころという比較的早い時間帯に右犯行が行われていること(さらに、八丁峠で手嶋が目撃したのが犯人車であるとすると、犯人は被害児童を略取又は誘拐してから約二時間三〇分後には遺留品発見現場及び死体遺棄現場である八丁峠に到着していることになるが、潤野小学校から八丁峠の死体遺棄現場まで自動車で行くだけで前記のとおり三五分ないし五三分かかること)にかんがみると、犯人は右各現場付近に土地勘があり、しかも、これら現場の近隣に居住する人物であると認めるのが相当である
 
 このように、裁判官は様々な根拠を挙げ、犯人が事件に関係する各現場に「土地勘」がある人物だと認定し、それと同時に犯人は「現場の近隣に居住する人物」だと認定してしまっているのですが、これも明らかにおかしいですよね。
 
 なぜなら、事件に関係する各現場に土地勘がある人物は、「現場の近隣に居住する人物」以外にも「事件以前に現場の近隣に居住していたことがある人物」「親戚や友人、知人が現場の近隣に居住している人物」「現場の近隣に勤務先がある人物」「事前に各現場を下見したうえで、犯行に及んだ人物」・・・・・・などなど、様々な可能性が考えられるからです。

 それにも関わらず、確定死刑判決を宣告した裁判官が「各現場に土地勘のある人物」を「現場の近隣に居住する人物」と決めつけたのはなぜかといえば、明らかです。

 久間さんが、まさに「現場の近隣に居住する人物」の1人だったからです。

 確定死刑判決を宣告した裁判官は、最初から久間さんを犯人と決めつけているからこそ、このようなおかしな事実認定をしてしまったわけです。

 ちなみに、私もこの事件の各現場を取材していますが、この判決が指摘している程度の「土地勘」は、各現場を車で一度ずつ訪ねただけで身についてしまいました。

 裁判官がなぜ、久間さんにクロの偏見を抱いたのかに関する考察については、稿を改めたいと思いますが、こんな杜撰な事実認定をしているくらいですから、この確定死刑判決は当然、1つ1つの証拠や事実関係に関する判断も極めて杜撰です。そういうことも折を見て、また記事を書きたいと思います。

 ともかく現在、遺族が求めている久間さんの再審が一日も早く認められ、久間さんの雪冤が果たされて欲しいと思います。

絶望の牢獄から無実を叫ぶ

絶望の牢獄から無実を叫ぶ

「死刑執行は刑務官以外の仕事」というスリランカは日本より人道的

headlines.yahoo.co.jp求む、「道徳的」な絞首刑執行人 スリランカ政府が新聞広告

 この「BBC News」の記事をはじめ、いくつかのメディアで、麻薬密売の取り締まりを強化するスリランカ政府が「死刑執行人」の募集を新聞で行ったことが報道されています。

 スリランカは、死刑制度がある国ですが、1976年以降の死刑執行はなく、死刑執行を復活させることに伴う措置のようです。

 絞首刑という執行方法については、日本と同じですが、この報道を見る限り、少なくともスリランカの死刑制度は日本の死刑制度より人道的だと思えますね。日本では、死刑執行は刑務官の仕事とされていますが、それではあまりにも刑務官の負担が大きすぎると思うからです。

 死刑執行が行われている全国7カ所の刑事施設のうち、私は仙台拘置支所、東京拘置所、名古屋拘置所、大阪拘置所、福岡拘置所の5施設で、死刑判決を受けた被告人と面会したことがありますが、立ち会いの刑務官たちは死刑判決を受けた被告人とけっこう打ち解けていたりするのです。

 刑務官は普段から獄中の被告人の生活の面倒を見ていますし、死刑判決を受けるような重い罪を犯した被告人も普段は「普通の人」である場合が多いので、お互いに情がわくんでしょうね。

 そういう状況下、刑務官が死刑囚を殺す役割を担わされているのは、いくらなんでもつら過ぎるでしょう。
 
 このことに関して過去の取材を振り返ってみると、とくに印象深かったのが、会津美里町夫婦殺害事件の犯人・髙橋明彦氏が最高裁で上告を棄却され、もうまもなく死刑判決が確定しようとしているタイミングで仙台拘置支所に面会に訪ねた時のことです。

 この時の立ち会いの男性刑務官は、もう定年が近いくらいの年齢に見える人でしたが、面会制限時間がきて、私が帰ろうとした際、壁際に突っ立ち、恐怖におののいたような表情で、ブルブルと体を震わせていたのです。

 この男性刑務官は、自分が髙橋氏の死刑執行を担当する可能性がある人間であるため、それ以前から髙橋氏の面会に訪ねていた私に対し、筆舌に尽くしがたいほどの後ろめたさに苛まれたのではないかと思います。

 逆に、私のほうが申し訳ない気持ちになりましたけどね。

 死刑制度については、色々な意見がありますが、日本の死刑制度はその維持のために刑務官に尋常ならざる負担をかけているのは間違いなく、そのわりにこの問題はほとんど見過ごされているので、もっとクローズアップされるべきでしょうね。

平成監獄面会記

平成監獄面会記

飯塚事件のDNA型鑑定が間違いであることの「最もわかりやすい説明」

 1992年に福岡県飯塚市で小1の女の子2人が殺害された「飯塚事件」は、久間三千年さんという男性が無実なのに死刑判決を受け、処刑されてしまった疑いがある事件だということは、多くの人が知っていると思います。

 私は、この事件については、もう何年も前から取材していて、冤罪だと確信するに至っていますが、先週末に出演させてもらったAbemaTV『カンニング竹山の土曜The NIGHT』という番組で、久間さんが裁判で有罪とされる決め手になった「DAN型鑑定」がいかに信用性の乏しいものだったかについて、話させてもらう機会がありました。

 この時の私の発言は、『AbemaTIMES』で、

当時のDNA型判定の制度は「100万分の1」で特定できると言われていたが、足利事件飯塚事件の犯人の残したものと、両事件の容疑者のDNA型が「16-26型」で一致するという現象が起きたと解説。

https://abematimes.com/posts/5705419

 と簡潔にまとめてもらっているのですが、私が言っていることの意味がわかりますか?

 これはおそらく、飯塚事件のDNA型鑑定が間違いであることの「最もわかりやすい説明」ではないかと、私は思っているのですが、あまりにもわかりやすいため、逆に「えっ、何それ?」という感じになる人も少なくないのではないかと思います。

 そこで、ここで補足説明しておきたいと思います。

 飯塚事件が冤罪を疑われる最大の理由は、久間さんの裁判で有罪の決め手とされたDNA型鑑定が、あの有名な冤罪・足利事件でDNA型鑑定を行った警察庁科警研の技官たちにより、ほぼ同時期に同じ手法で行われていたことです。

 2009年に足利事件のDNA型鑑定が間違っていたことが証明された際、当時の科警研のDNA型鑑定は非常に拙いものだったことも世間に広く知れ渡り、ひいては、その前年(2008年)に久間さんが死刑執行されていた飯塚事件についても「実はあの事件も冤罪だったのではないか・・・」と疑う声が急速に増えていったのです。

 ただ、そのように説明されても、「DNA型鑑定の専門家でもなければ、飯塚事件のDNA型鑑定の成否について、確かなことは言えないのでは・・・」と思う人もいるかもしれませんが、全然そんなことはないのです。

 なぜかというと、科警研の技官たちは当時、足利事件で行ったDNA型鑑定の結果について、

「犯人が現場に残したDNAと菅家利和足利事件の犯人にされた人)のDNAは、いずれも16-26型だ。このDNA型の出現頻度は、0.83%だ」

 と結論していたのに、一方で、飯塚事件で行ったDNA型の鑑定の結果についても、

「犯人が現場に残したDNAと久間三千年のDNAは、いずれも16-26型だ。このDNA型の出現頻度は、1.70%だ」

 と結論していたのです。
 
 つまり、科警研の技官たちは、「足利事件の犯人」「菅家利和さん」「飯塚事件の犯人」「久間三千年さん」の4者のDNA型がすべて、出現頻度が0.83%もしくは1.70%しかない「16-26型」だと結論していたわけですが・・・常識的に考えて、そんな偶然はありえないですよね。
 足利事件のDNA型鑑定が間違っていたことはもう確定していますから、この事実1つとっても、飯塚事件のDNA型鑑定もやはり間違っていて、久間三千年さんは冤罪だということが簡単に言えてしまうのです。

 DNA型鑑定というと、科学の難しい話のように思う人は多いですよね。まあ、かくいう私もDNA型鑑定自体は、決して簡単なものだとは思いません。

 しかし、こと飯塚事件のDNA型鑑定が間違っていたということについては、このような小学生でも理解できるだろう簡単な根拠に基づいて、説明可能なのです。

絶望の牢獄から無実を叫ぶ

絶望の牢獄から無実を叫ぶ

▲2016年に発売された拙編著では、久間さんがいかにいい加減な手続きで死刑執行されたかについて、手続きに関わった2人の元福岡高検検事長らの証言や法務省の内部文書により詳しく紹介しています。上記のAbemaTVの番組『カンニング竹山の土曜The NIGHT』の放送後、Amazonなどのネット書店ではけっこう売れたようで、品薄になっているようですが、まだまだ新品を入手可能だと思います。

マスコミの配慮で少し見えづらくなっている事件の背景

 きょうは、タレント夫婦の長男として育てられた22歳の男性Oさんが、交際相手の女性に暴力をふるったとして傷害容疑で逮捕されるという事件が朝から各マスコミで報道されていました。

 各マスコミはこの事件に関し、タレント夫婦が離婚後、Oさんを引き取っていた父親の男性タレントがDNA鑑定を行ったうえ、親子関係不存在確認の訴訟を起こし、勝訴したことを伝えており、このことが事件の背景にあったかような書きぶりでした。

 しかし、どのマスコミも事実関係を曖昧にしている点が1つありました。

 それは、「この親子関係不存在確認の訴訟では、原告はOさんの父親だった男性タレントで、被告はOさんだった」という事実です。

 こういう訴訟について、何も知らない人が報道を見ていたら、Oさんの父親だった男性タレントは、Oさんの母親だった女性タレントを訴えて、「Oは自分の子どもじゃない」という判決を勝ち取ったかのような印象を受けると思いますが、そうじゃないんですね。

 Oさんは、自分の父親だった男性タレントから、「私と君は親子ではない」ということを確認するための訴訟を起こされ、実際に裁判でそのよう認定されたわけです。

 もちろん、Oさんの父親だった男性タレントもそのような裁判を起こすまでには相当な葛藤があったのでしょうが、それはそれとして、この時のOさんの精神的ダメージは筆舌に尽くしがたいものだったことは間違いありません。
 何しろ、両親だったタレント夫婦が離婚後、Oさんは、母親の女性タレントではなく、父親だった男性タレントに引き取られて、父1人子1人で育てられていたそうですからね。

 その後、Oさんと両親だった人たちとの間で、どういうやりとりがあったかはわかりませんが、逮捕を伝える報道によると、Oさんは今も父親だった男性タレントの姓を名乗り続けているわけですから、産みの親である女性タレントとは、決して良い関係ではないのだろうと思われます。

 OさんがDNA鑑定を受けさせられたのは10代の頃だったそうですが、このような境遇に置かれてきたら、品行方正に生きていくのは簡単ではなかったろうと思います。

 親子関係不存在確認の訴訟に関し、各マスコミが曖昧な報じ方をしたのは、Oさんや父親だった男性タレントへの配慮からでしょうが、その配慮が事件の背景を世間の人たちに見えづらくしているところがあるように思います。

光GENJI ベスト

光GENJI ベスト

230枚の千円札が有罪の根拠になりえないことは検察官も知っている

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昨日の判決後、記者たちの取材を受ける弁護人の和田森智弁護士

2009年に米子市のラブホテルで起きた支配人殺害事件について、広島高裁が昨日、被告人の石田美実さんに宣告した判決が様々なメディアで報道されています。

たとえば、以下はヤフーニュースで配信されていた読売新聞の記事です。

鳥取県米子市で2009年9月、以前働いていたホテルの支配人男性(当時54歳)に対する強盗殺人罪に問われた同市の無職、石田美実(よしみ)被告(61)の差し戻し審判決が24日、広島高裁であった。多和田隆史裁判長は、「強盗殺人罪を認めなかった1審判決には明らかな事実誤認がある」として、殺人と窃盗罪を適用して被告に懲役18年(求刑・無期懲役)を言い渡した1審の裁判員裁判判決を破棄し、鳥取地裁に差し戻した。

私はこの事件について、2016年に鳥取地裁であった第一審の裁判員裁判の頃から継続的に取材しているのですが、結論から言うと、被告人の石田さんのことを冤罪だと考えています。

そして、石田さんがこの裁判で有罪とされている根拠が非常に脆弱なものであることはわりと容易に説明できます。

というのも、広島高裁の差し戻し控訴審で出た判決では、石田さんは主に、

(1)被害者のラブホテル支配人の男性がラブホテルの事務所で犯人に襲われた12時間後、230枚の千円札を所持していた

(2)事件直後、鳥取県外に移動し、妻や交際相手との連絡を絶ち、警察官からの出頭要請を無視していた

という2点の間接事実に基づいて有罪とされています。

しかし、これらが有罪の根拠としては不十分であることは、他ならぬ検察官も知っているはずなのです。

なぜなら、現場のラブホテルで店長として働いていて石田さんについて、警察は事件が起きた当初から犯人の有力候補と位置付けていたのですが、上記の(1)と(2)は事件発生当初から明らかになっていた事実であるにも関わらず、約4年5カ月も石田さんは逮捕されていないのです。

そして2014年2月、ようやく石田さんはこの事件の容疑で逮捕されていますが、その後も現在まで、(1)と(2)以外にめぼしい有罪の証拠が見つかったわけではありません。

つまり、警察や検察が「この程度じゃ、逮捕は無理だな」と約4年5カ月も思い続けたであろう(1)と(2)の事実により、石田さんは裁判で有罪とされているわけです(第一審判決が破棄されているわけですから、正確に言えば、現在は有罪でも無罪でもないですが)。

ちなみに、事件直後に230枚の千円札を所持していたと聞かされたら、怪しい印象を受ける人もいるように思いますが、石田さんは「現場ラブホテルの店長だったため、客室の自動精算機の釣銭の予備として多数の千円札を所持していた」と説明しています。銀行口座の履歴などの事実関係に照らせば、これは辻褄の合う説明でした。

また、警察の出頭要請を無視し、県外に行っていたというと、あたかも逃亡していたようですが、石田さんは事件直後に車で県外に行ったのち、結局は鳥取に戻ってきて、車中で寝ているところを警察に身柄確保されています。逃亡するなら、わざわざ鳥取に戻ってくる必要はありません。

「妻と当時折り合いが悪く、家に帰りたくなかった」という石田さんの説明も奥さんの証言などで裏づけられています。石田さんは元々、長距離トラックの運転手だった人で、家に長い間帰らなくても、それが普通だという人だったのです。

石田さんは2016年に鳥取地裁裁判員裁判で懲役18年の判決を受けたのち、2017年に広島高裁松江支部で逆転無罪判決を受けながら、最高裁で無罪判決が破棄されました。そして、審理が差し戻された広島高裁が今回、さらに鳥取地裁に審理を差し戻し、裁判をイチからやり直すような形になってしまいました。

冤罪の人がここまで裁判に翻弄されるというのは、やり切れないですね。

 

 

 ▲この事件の第一審に関するが拙記事が掲載されています。

 

 

 ▲この事件の控訴審に関するが拙記事が掲載されています。